【リレーエッセイ(トレーナー5)】
大分大学 古長治基
大分大学で教員をしております。古長治基と言います。動作法の世界に飛び込んで十数年,様々なご縁の元,皆様には大変良くしていただきました。そのご縁の1つでリレーエッセイが回ってきましたので,私の思い出を少し皆さんと共有させていただきたく思います。
みなさんは「こそあど言葉」を知っていますか。これ,それ,あれ,どれ等のように,対象を指示する指示語と呼ばれる言葉のことです。私たちは1日に何十回も「こそあど言葉」を使っています。「あれとって」「こうしたらどう?」「そんなにはいらないかな」のように。
では動作法のトレーナーが課題を説明するときに,もしも,「こそあど言葉」を使わなかったら,果たして上手く説明できるでしょうか。「ここを押さえて」「こっちの方向に」「重心をもっとこっちに移して」といった表現をトレーナーは普段何気なくしています。こそあど言葉を禁じられてしまったら,目の前の現象を一体どのように表現すればよいのでしょうか。
あれは動作法のキャンプに参加するようになって3~4年がたったころ,やすらぎ荘での夏キャンプでした。学部生の頃はあんなに緊張していたキャンプも,そのころにはリラックスして臨めるようになり,訓練にも自信がついてきた時期でした。担当したトレーニーはアテトーゼ緊張の強い中学生で,これまでのキャンプで良く知った方でした。インテークを終え,訓練にも順調に取り組み,夜には班別ミーティングで報告をしました。「○○さんは腰がこう引けているので・・・」と話し出すと,班のSVの先生がすかさず「こうってのはどう?」と聞いてきました。「こうってのは,えーっと腰のこっちに」「こっちっていうのは?」「えーと,後ろ?いや後ろというか・・・」とやり取りが続き,私はしどろもどろに説明をしながら,自分がトレーニーの体を全然説明できなかったことにショックを受けました。その日をきっかけに,私はトレーニーの動きを漫然と見るのではなく,正確な動きを言葉で説明できるように細かく見るようになりました。膝が閉じているのか,それとも股関節が閉じているのか,肩は開かないのか,それとも上がらないのか,1つ1つを細かく見ることで,何が動作上の課題となっているのかも少しずつ分かってくるようになりました。以前ならば「足がこんな感じで閉じていて」「肩がこっちに動かなくて」などと曖昧な言葉で表現され,見立てもぼんやりしたものになっていたでしょう。ちなみに当時SVに徹底的に「こそあど」を禁じられたおかげで,文章を書く際にも不必要に指示語で置き換えないように,置き換える時は必ず前文のどの文章を指示しているかを意識するようになりました。
動作法キャンプを通して皆が私と同じ経験をしているわけではないと思います。ただ,内容は違えど,短期集中的に1つの課題に向き合い続けることで,身体にすり込まれた思考や知識や経験というのは,キャンプのトレーナー経験者には無数にあるのではないでしょうか。今回書かせていただいたエピソードは,動作法を通して得たたくさんの学びの中のほんの1つです。やすらぎ荘の訓練室やロビー,食堂の記憶と共に,院生時代に学んだ様々なことが思い起こされます。当時大変じゃなかったと言えば嘘になりますが,今では貴重な経験をさせていただいた当時の先生方やトレーニーの方々に本当に感謝しています。そして,自分自身が学び取ったことを,今度は下の世代にしっかりとつなげていかなければと思っています。さて,このコラムリレーは誰につなげよう・・・