動作法をはじめたワケ
香野 毅
大学では、国際比較教育を専攻しようとぼんやりと思っていました。田舎者は ‘国際’に憧れます。学部は教育や心理について学べるところでした。専門を決める時期に、ソコに行ってしまいました。ソコとは障害のある子どもたちに合宿形式で療育を提供する‘キャンプ’と呼ばれるところです。ある授業で不当に難しい試験を課され、単位をあきらめかけた私たちに与えられた蜘蛛の糸は、ソコに行くと単位出るよという美味しい話でした。しかもソコは三食おやつに飲み会付きらしい、お腹を空かせた大学生たちが食いつきます。
ソコは最寄り駅から迎えのバスに乗ります。山道を1時間、周りにはコンビニどころか信号機すらありません。ソコでは、右も左もわからないままマンツーマンで子どもを担当します。4日間、1日3回の療育セッションを担当して、合間に研修して、ミーティングして、集団活動して・・・プログラム終了は22時過ぎ。ソコは虎の穴でした。単位と食事を餌に、無知な大学生を放り込む罠だったのです。
療育セッションではスーパーバイザーといわれる先生が、「こんな風にやるんだよ」と子どもへの指導をライブでみせてくれます。主に身体の動きの練習です。<よし、では俺も>と子どもに向き合いますが、彼はこちらを向いていません。「あれ?お~い、やるよ~」と声をかけますが、子どもは目をつむり、うっとりと独り言しています。見守る振りをしていると、焦りと途方が襲いかかってきます。<おや!>子どもから私の手を握ってくるではないですか。<おーそうか!やる気になったな>彼は、私の手を孫の手代わりに自分の顔を掻いています。で、ひと通り掻いたらおしまい。再びスーパーバイザーが「こうやるんだよ」と優しい圧力をおいていきます。そして私はまた孫の手に。4日間、この繰り返し。
数か月後、またキャンプのお誘い、なぜか行ってしまう私。「このままでは終われない」「ちゃんとやれ!と注意してくれた先輩を見返している」とダークな動機のみ。3日目、なぜか子どもがイキイキと課題に取り組んでいる。片足はまる。またお誘い。今度は一週間。喜怒哀楽てんこ盛りの底なし沼にはまる。もうずっとここで暮らそう… 今に至る。
夢とか将来の希望とか愛とかの美辞麗句のない、動作法との馴れ初めでした。